長男くんの存在によって、わたしの人生が変わる…について思うこと

わが家には重度の知的障害で自閉症スペクトラムの傾向がある長男くんがいます。

長男くんはもう小学生になり、随分と大きくなりました。

これからのさらなる成長がとても楽しみであると同時に、長男くんの存在はパパであるわたし自身の人生の意味や働くことの意義、家族の存在について大きな影響を与えてくれています。

本日はそんなお話です。

長男くんが与えたわたし自身の人生の意味について考える

長男くんの存在は、わたしの人生にとって劇的に影響を与えました。

それはネガティブな意味ではなくて、本当に素晴らしい意味で。

少し私の自身の話をさせてください。

私は幼少期より、

・なぜ自分は生きているのか?

・何のために生きているのか?

・せっかく生きていくのであれば何をせねばならないのか?

・自分に限らず、自分以外の存在は一体、自分にとってどんな意味を持つのだろうか?

とよく考えていました。変わった子だと思います。

というよりも周りのみんなもそのように考えているものだと思っていました。

しかし、小学生→中学生→高校生→大学生→社会人と続いていっても、その答えは見つかりませんでした。

「あー、こうやって人生の意味を問い続けることこそが人生なのだなぁ」と思うような大人になりました。

変わった大人だと思います。

さて、そのような中でわたしが一つ人生の意味を考える中で出会ったツール(=道具)の一つが物理でした。

物理をはじめとしたサイエンスは、再現性という思考をベースに様々な自然現象に“解”を与えてくれます。

それが何とも心地がよく将来は物理学者になりたいと思っていました。

いま現在、物理学者になってはおりませんが、自然科学を愛する気持ちと経緯は変わっていません。

ただし、わたしが憧れた物理学でも、人生の意味の“解”は見つかっていません。

長女ちゃんの誕生

結婚し、幸いにも第一子とな長女ちゃんが生まれます。

いまでも大好きな長女ちゃんです。

週末にはお出かけをしてくれて、カフェ巡りに行きます。

今日も長女ちゃんは、「わたしって、パパとあとどれくらいこうしてパンケーキを食べに行こうって言ってるだろうね」と言ってました。

愛すべき存在です。

しかし、良くも悪くも長女ちゃんの誕生によって、わたし自身が自分の人生の意味を見つけられたか、というとそうでもありませんでした。

長男くんの誕生

次に、幸いにも第二子にも恵まれ、長男くんが生まれます。

もちろん今も大好きな長男くんです。

そして、いずれ長男くんの障がいが分かります。

それからの経緯については、これまでのブログを見ていただきたいと思いますが、長男くんの障がいによってわたし自身はなぜか良くも悪くも人生の意味を見つけることができました。

うーーーん、冷静に振り返ると悪い意味はほとんどなくて、何といいますか、ホッとした感じで人生の意味を見つけることができました。

「あー、ぼくはこの子のパパとして生きることが、ぼくの人生なのだ」と。

本当にホッとしたんです。

「あー、これでいいのだ」と。

誤解なきように補足をすると、

・長男くんの障がいを背負うとか

・長男くんの障がいのために何かを諦めるとか

そういうネガティブな意味ではないのです。

こういう例えが正しいのか分からないのですが、長男くんの障がいを起点として、それ以前と以後を比較すると、いつもいつもガタガタして落ち着かなかった机ってあるじゃないですか。

何か作業をするときって、その机のガタガタって気になりませんか?

わたしはずっとそのガタガタが気になっていたんです。

ヘンな大人ですね。

そういうときに、机の脚にちょっと何かを、例えば折りたたんだナプキンの紙をかませるとピタっと収まるんです。

これ人類の知恵です。イノベーションです。

そう、こんな感じで長男くんの障がいと向きあって、受け止めたときって、そのガタガタが収まった感じなのです。

「あー、これがわたしの人生。」

繰り返すのですが、決してネガティブな意味ではないのです。

人生の意味(完全なる私見)

人生、何某(なにがし)かの一事(いちじ)を成さねば、その意味はないのではないか?

ずっとそう思っていました。

いま振り返ると本当に驕った考えだったと思います。

でも、本当にそう思っていました。

なので、その何某かのためにがんばってきたと思っています。

しかし、長男くんのただただその存在ということだけで、わたしの人生の意味が定まってくれました。

いま思えば、結婚や長女ちゃんの誕生のタイミングだけでも十分に上記のような心境になるチャンスはあったのだと思います。

でも、愚鈍なるわたしはそれに気づかずでした。

長男くんの存在の前に、わたしは何かを諦めたものはありません。

何かを失ったものもありません。

ただただ、その存在だけでいまのわたしにたどり着いたと思っています。

40才を過ぎてようやくたどり着いた心境です。

わたしの人生は、「ただただ長男くんのパパとして生きる」というただそれだけで、机のガタガタがピタッと止まりました。

不思議な気持ちです。

葛藤や疑問は無かったのか?

そこに至るまでに葛藤や疑問が無かったか?と言われれば、もちろんありました。

なので、机のガタガタゆっくりと収まっていったという方が正しい表現かも知れません。

上記の葛藤や疑問は、それこそ物理学者を志したわたしにとってはいくつも思いつきましたが、それらはわたし自身の日常や既成概念を変えていくことでほとんどが解決されました。

本当にそうなんです。

働くことの意義

長男くんの存在はわたしの働くことの意義を変えました。

これまでは、仕事がベースにあって、次にそれ以外でした。

長女ちゃんが生まれてきてもそれは変わりませんでした。

わたしは育児休業を取得しました。育児も家事もがんばってきたと思います。

でも、まだまだやっぱり仕事がベースにありました。

だって、家族を支えなくちゃ、将来のことを考えると、いやいや家のローンもあるし。。。

それが、長男くんの誕生とそれ以降の成長とともに、長男くんのことをベースにという考えに変わりました。

一気に変わった訳ではないですが、少なくともいまは長男くん、そして次に仕事です。

正確には、長男くんと長女ちゃんの子どもたちがベースです。そして、次にそれ以外です。

長女ちゃんの誕生だけでは、それに気づけませんでした。

本当に未熟な大人です。

だからこそ、それを巻き返すべく、長女ちゃんにはこれまで以上に時間を使いたいと思っています(もうウザがられてしまうお年頃なのですが…)。

なぜ長男くんベースなのか?

なぜ長男くんをベースにする必要があるかというと、長男くんは手間とヒマと時間が掛かるからです。

手が掛かるのです。

この点には確かに葛藤がありました。

手間とヒマと時間が掛かるがゆえに、送迎など急いでいるときなどはイライラしました。

「早くして!」と何度言ってきたことか。

…。

障がいのあるなしに関わらず、日本全国の家庭で起きている現象でしょう。

しかし、です。

あるとき思ったんです。

長男くんの朝の支度のときに、例えば靴下を履くこと。

それ自体を急かして履かせてしまっていましたが、じ~~~~っと待ってあげると自分で履けることあるんです。

じ~~~~っと忍耐強く待ってあげると、そう、器用に履けるんです。

長男くんは自分で靴下を履けるんです。

でも、わたしの方がそれを待てなかったということに気づかされたのです。

そう、長男くんの問題ではなく、わたし自身の問題だったんです。

・そんなこと言ったって、急いでいるんだか。

・そんなこと言ったって、バスの時間があるんだから。

・そんなこと言ったって、わたしの電車の時間もあるんだし。

・そんなこと言ったって、いくら待っても結局靴下を履かないこともあるんだし。

…。

全部、正論。

でも、何が大事か。

いや、どっちが大事かということを考えたんです。

本音を言えば、待ちたいし待ってあげたい。

待てない理由がわたしの方にある。

そんなこと分かっています。

そんなこんなな葛藤があることは理解できているんです。

ただ、わたしは決めたんです。

待つ、と。

そして、待ちたいとと思ったんです。

だから、変えるべきは長男くんではなく、わたし自身の方を変えると決めたんです。

だから、それまでわたしのベースにあった仕事という前提を外したんです。

仕事はどうするのか?

とはいえ、仕事はどうするのか?ということですが、これは働き方を変えました。

確かに、いまの職場にある程度の融通が利いたという幸運があったのも事実です。

ただし、長男くんを始めとした子どもたちを前提にした働き方に変えました。

残業せず、有休取得、出張は行かず、テレワークはフル活用などなど。

できるところから、できるように。

上司への相談や面談でのお願いなど。

職場や同僚に迷惑が掛かるのではとビクビクしていましたが、おかげさまで何とかなっています。

感じが悪いと思われてしまうのではないか、これからの仕事面でのキャリアはどうなるのか。

これは正直、バッサリと無視しました。

仕事はわたし以外の誰かができますが、長男くんへの手間とヒマと時間はわたししか対応できません。

仕事で迷惑をお掛けしているかも知れませんが、それってわたしにとっては、わたし自身への言い訳だったのだと思っています。

繰り返しますが、長男くんへの手間とヒマと時間はわたししか対応できません。

そして、本当に反省なのですが、長女ちゃんへのそれらもわたししか対応できなかったのです。

長女ちゃんのときには気づけなった過ちを繰り返してはなりません。

長男くんがようやく分からせてくれました。

そういう意味でわたしはラッキーです。

さて、仕事やお金はどうするのか?

そうは言っても稼ぎはどうするのか?という問題が残ります。

本当にそうです。

ただし、稼ぎを何とかすれば解決できます。

それでわが家は、資産運用をやっています。

2019年から本格的に運用しています。

最初は正直うさんくさい、ギャンブルだと思っていました。

しかし、現在2026年。

本当にびっくりするくらいこの戦略は正しかったです。

そりゃそうです。

もう100年以上の歴史があってちゃんとやれている人から取り組んでいる伝統的な手法なのですから。

この件も何度もこのブログでお話しています。

初見の方はうさんくさいと思っているかと思います。

でも、絶対にオススメです。

ついこの10年で手数料が激安で、低コストのインデックス投信が誕生してくれたんです。

お金持ちしか手が届かなかった資産運用の王道に、ネット証券を通じて誰もが100円からの積立ができるようになったんです。

奇跡です。

デフレからインフレになり、ますます投資や運用が一般的になります。

だから、早よ始めた方がいいです。

怖いなら毎月100円ずやってみなはれ。

100円なら0円になってもいいでしょ。

そして、始めてみると分かるはず実際には増えていくことが。

・余剰資金でやることが大事です

・長期(理想は10年スパンくらい)で考えることが大事です

・とにかく始めることが大事です

さらにさらに、この資産運用に国が手厚いサポートをしてくれています。

NISA制度の拡充、iDeCoもあります。

2027年からはこどもNISAも始まります。

定期預金でもなく、学資保険でもなく、証券口座を開いてNISA始めましょう。

障がい児のママパパならなおさらです。

子ども手当や特別児童扶養手当が入ってくるはずです。

なので、このお金を運用に回しましょう。

それでどれだけ将来助かることか。

わたしは仕事を辞めようかと思っています

それが可能なのも、運用を続けてきたからです。

もちろん、わが家は共働きだから成り立っている部分もあります。

でも、運用を本格的に2019年から始めてもう7年が経とうとしています。

正直、びっくりするくらい助かっています。

何が助かるって、自分自身の老後資金対策です。

運用していますぐお金を引き出すことはしません。

もっと後です。

あと20年後くらいです。

いま7年経ってこれくらい増えてくれているんだからあと20年後って、もっと助かります。

ということは、老後のために余計に働くということをしなくていいんです。

退職金をあてにしなくていいんです。

いまの働き方をセーブしても大丈夫なんです。

それもこれも、あの7年前に長男くんのことが心配で、こわごわと始めた運用のおかげなんです。

もう、無理に皆さんにオススメすることはないです。

どうも宗教のような感覚のようで、やらない人は一生やらないし、無理にやらせることもできないと思っています。

それはそれで仕方ないと思っています。

もったいないなとは思っていますが、わたし自身は興味が持てる方に向けての情報発信を続けられればと思います。

とりあえず、7年前のわたし、本当にグッジョブです。

欲を言えばもっと早くから始められればよかった。。。

でも、今日が人生で一番若い日です。

インデックス投資は超王道な投資で、平均点がとれる手法です(その平均点がすごい!のですが、それは中級者向けでしょうか。)

・ネット証券で証券口座を開く

・S&P500やオールカントリーでもいいです。どちらかのインデックス連動の投資信託を積み立てる。

・積立は自動設定ができます

・イランで戦争が起きても積み立て続けます

・設定をしたら、もう忘れる

これくらいでいいです。

そして、わたしは仕事との向き合い方が変わりました。

もうサラリーマンでの働きを辞めようかなと検討しています。

辞めて何をするのか?

辞めて何をするのかという問題もありますが、ちょっとだけ最近のわたしの仕事の話を。

いまの環境はとても恵まれていると思います。

職場からの理解やテレワークの充実、それなりのお給料、休みの取りやすさなどなど。

しかし、ストレスもあります。

それは仕方がないですよね、仕事なんだから。

でも、ちょっとココしばらくは嫌なことが続いています。

なので、どうしようかなと。

転職も考えましたが、いまの環境と比べると…。

条件はもっと妥協してもいいのですが、それでもなかなか…ね。

ということで、何か自分で始められないかなと思っています。

正直、そんなに収入は求めていないんです。(いや、本当はいただけるのなら、いくらでもいただきたいというのが本音ではあるのですが)

ありがたくも老後資金は考えなくてよいので、月々の支払いに対応できるくらいだと大丈夫です。

(ママにも相談ですが)共働きの状態を考えると、もっと少なくてもいいと思っています。

自分でもできる何かサービスはないか?

そんなことを考えています。

ちょっとこのブログでも情報発信をしてみて、需要があるのかないのかを探ってみたいと思っています。

・障がい児の親であり

・親亡き後のことを含めて子どもの人生設計サポート

・運用を活用した親自身の人生計画のサポート

・毎週の定期訪問などを前提とした人数を限定しての見守りサービス

・遺言や後見人、相続などの相談(非弁行為に該当しない範囲で!)

などなど。

ちなみに、わたし自身は現在ペンネームで活動していますが、一応以下のような経歴です

・障がい児のパパとして10年くらいの経験あり

・健常児のパパとしてもがんばっています

・投資や保険、不動産は詳しいです

・自然科学も詳しいです(こう見えて?京都大学卒業・理系です)

・政治経済にもハマっています

・遺言や後見人、相続、家族信託も詳しい方です(こう見えて?行政書士試験は合格してます)

・元気な40代です。いまもサッカーしてます。

・営業経験ありです。新人時代は飛び込み営業を含めてゴリゴリの営業会社で働いてました。

・犬が大好きです

自分でいうのも何なのですが、ちゃんと大人だと思っています。

今回はかなりの長文になってしまったので、次回以降でまた。

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